ヒューマン・エラーとされる些細な人為的なミスが、航空機、鉄道、船舶、医療現場、原子力発電所などでの大事故の原因となっている事例も多い。
「『ヒューマンエラー(失敗)』は、その予測も予防も完全には、不可能である」とした上で、
「人はなぜエラー(失敗)をおかすのか」
「エラー(失敗)にはどのような種類があって、それぞれのエラーは、どのような性質を備えているか」
「それらのエラー(失敗)を防いで大きな事故に至らないようにするためにはいかなる対策を講ずるべきか」
などヒューマン・エラーについて科学的に分かり易く解説している本を紹介します。
ヒューマン・エラーに関わるエンジニアリングの分野は、広範囲で、人間工学、システム工学、認知工学、安全工学、生産管理関連分野等と深く関連していますが、本書は、上記の分野を俯瞰的に睨んだ幅広い視点から書かれています。
本書:「ヒューマン・エラーの科学」です。
「失敗とうまく付き合う法」との副題が付いています。
本書は、著者:村田 厚生 先生にて、2008年3月に日刊工業新聞社より発行されています。
「まえがき」で筆者は、「人はなぜエラーをするのかと疑問を抱いている方」、「更には、エラーや事故の問題に対して大きな責任を有する現場の作業者、管理者、経営者」の問題解決に役立つようにとの観点から本書の執筆に至った旨を記載しています。
本書は、5章から構成されています。本文では、イラスト、モデルスキーム、概念図、フロー図や、各種の図表を用いて分かり易く解説されています。また途中に「コラム」の欄を設け、関連するトピックスを取りあげ解説しています。
以下に各章の概要を簡単に紹介します。
第1章では、「人はどれだけエラーをしやすいか」
として、大量モルヒネ投与の医療事故、チェルノブイリ原発事故の事例について人間はいかにエラーをおかしてしまいやすいのかを解説しています。さらに実際の作業現場でのエラーの発生比率のデータの発生確率を不信頼度として表したデータやハインリッヒの法則などから人のエラーのしやすさ、またどんな分野でエラーをおかすかについて、生産現場のエラーから美浜原発事故までの各分野でのエラーの種類について解説しています。エラーを重大な事故につなげないためにもヒューマン・エラーに対する科学的な知識の学習が必要不可欠と結んでいます。
第2章では、「なぜ人はエラーをおかすのか」
として、ヒューマンエラーの典型的な理由を「(1)人間と機械との関係やインターフェースが不十分な場合」~「(6)知識不足・経験不足によりエラーを生じさせてしまう場合」と区分して、それぞれについて順に解説しています。さらにいろいろな原因が重なって大きな事故を起こすことについて航空機の事故事例を解説しています。さらにヒューマン・エラーの背後要因が複合的に作用する場合について、「Man」、「Machine」、「Media」、「Management」の4Mを取り上げて解説しています。
第3章では、「エラーにもいろいろある」
として、ヒューマン・エラーについて、例えば統計学的な第1種の過誤(いわゆるあわてものの誤り)と第2種の過誤(いわゆるぼんやりものの誤り)など体系的に分類してその性質について幅広い視点から解説し、次に前記の分類に基づいて幾つかの事故事例について、ヒューマン・エラー分析を実施し、重大事故にヒューマンエラーがどのように関与していているかを提示しています。
第4章では、「どうすれば「エラー=事故」にならずにすむか」
として、先の第2章、第3章のヒューマン・エラーの典型的な理由とヒューマン・エラーの体系的な分類について、「エラー=事故」にならないためにどのようなヒューマンエラーへの配慮が必要かを解説しています。例えば、人間−機械系の設計においては、設備・環境要因を考慮すること、人間工学に基づいた設計、認知工学に基づいた設計などヒューマン・エラー対策の考え方について解説しています。「人間はエラーをするもの」を出発点として、生産現場のエラー防止について、エラー防止の考え方等を解説し、「社会文化・安全文化・組織文化」といった総合的なアプローチからトップマネジメントによる意志決定の重要性などを強調しています。
第5章では、「安全教育は感情に訴えかけろ」
として、事故防止の観点から、第4章で解説された「人間−機械系の考え方に基づくヒューマン・エラー防止」、「社会文化・安全文化・組織文化」と共に「リスクマネジメント」が必要不可欠な3つのアプローチであると述べ、「リスクマネジメント」の考え方を基軸とした事故防止について解説しています。認知のバイアすがあれば、誤った意志決定によるリスクを犯す行動や(意図的な)不安全につながるとして、そのための適切なリスク評価の観点から感情面を重視した安全教育の必要性を強調し、そのための教育のポイントを解説しています。また生産現場で行われているKYT(危険予知トレーニング)を市民全体、設備等を管理する組織で取り入れることの必要性を説いています。さらに地域コミュニティ・自治体・政府によるエラー・事故防止活動が事故の防止に対する潜在的な防衛能力を高めるものと述べています。
人は何故エラー(失敗)をおかすのか、そもそもエラーにはどのような種類があり、それぞれは、どのような性質を有するのかなどを、科学的に分かりやすく解説しています。
エラーを防いで大きな事故に至らないようにするための考え方から対策、さらに重要な感情面に注目した安全教育のポイントなど解説されています。
組織でOHSAS18001(労働安全衛生マネジメントシステム)などのリスクマネジメントを実施・運用されていたり、関心のある方から、万が一、事故が発生した場合には、その事故の発生に対して大きな責任を有する現場の作業者、管理者、経営者までの皆様方には、読んで頂きたい一冊です。
なお本書の目次は、以下の概要です。
第1章 人はどれだけエラーをしやすいか
1.1 重大事故の背景
1.2 人間はどのくらいエラーをしやすいか
1.3 どんな分野でエラーをおかしているか
1.4 エラーを重大な事故につなげないために
第2章 なぜ人はエラーをおかすのか
2.1 人間と機械の不適切な関係 人間-機械系が起こすエラー
2.2 人間の認知能力には限界がある
2.3 人間の心理はそもそも間違い易くできている
2.4 疲労が原因と案るエラー
2.5 組織としての誤った行動・文化が原因のエラー
2.6 知識不足・経験不足が起こすエラー
2.7 いろいろな原因が重なって大きな事故を起こす
2.8 ヒューマン・エラーの背後要因が複合的に作用する場合
第3章 エラーにもいろいろある
3.1 どんなタイプのエラーもゼロにはできない
3.2 原因から見たヒューマン・エラーの分類
3.3 結果としてみたヒュ−マン・エラー
3.4 チームエラー
3.5 事故事例からみるヒューマン・エラー分析
第4章 どうすれば「エラー=事故」にならずにすむか
4.1 人間-機械系の設計のポイント
4.2 人間ー機械設計に認知工学をどう取り込むか
4.3 疲労やストレスに配慮した機器・作業の設計
4.4 エラーのタイプ・性質ごとにみたエラー対策のポイント
4.5 背後要因からみたエラー対策
4.6 「人間はエラーをするもの」を出発点とする
第5章 安全教育は感情に訴えかけろ
5.1 リスク・マネジメントに必要なリスク評価
5.2 人間はどのくらいリスクに対していい加減か
5.3 意思決定と感情の関わり
5.4 ヒューマン・エラーと不安全行動の関わり
5.5 感情面に注目した安全教育のポイント
5.6 起こりうるエラーや事故を察知する能力を開発しよう
5.7 地域コミュニティ・自治体・政府によるエラー・事故防止活動