昨年の米国の金融破綻の発生の際に、フィリップ・コトラー(Philip Kotler)と共著者のジョン・A・キャスリオーネ(John A. Caslione)は、クライアントや友人に以下のように尋ねられたとのこと。
「どのくらい深刻なのか。どの程度続くのか」。
これと同じことを聞かれたノーベル賞受賞の経済学者ゲーリー・ベッカーは次のように答えているとのこと。
「だれにもわかりません。わたしにわからないのは確かです」。
その真意は、知ったかぶりの経済学者のいうことは信用してはいけないということだとしている。
フィリップ・コトラーと共著者のジョン・A・キャスリオーネに言わせると、
「いま、リスクと不確実性が蔓延する強度の乱気流という新たな時代に入っていることは事実」とし、
金融危機は、ほんの一時的なのかもしれない。
従来まではこうした嵐の後には「通常」状態に戻るものであったが、これからはさまざまなレベルで乱気流が断続的に起こる時代に突入したというのが彼らの認識。
こうした乱気流の時代には、
- 「売上げ挽回のための値下げ」
- 「マーケティング費の削減」
- 「全社一律のコスト削減・人員削減」
- 「仕入先や販売業者を締めつける」
といった従来型の不況期にありがちな対応は、ほとんどの場合は過ちで、企業の命取りになるとすら指摘する。
むしろ不況を逆手にとり、機会を見出した企業が躍進する。
そのための仕組みが『カオティクス』(CHAOTICS)であり、
『カオティクス』とはリスクと不確実性を察知するための早期警報のしくみ、それらに対応するためのシナリオプランニングのしくみを企業の中に戦略として埋め込み、反応力が高く、強靱で、弾力性(回復力)のある組織をつくることだと説いています。
乱気流こそが新しい通常状態(ニューノーマル)であり、そこで、景気が突然良くなったり沈滞したりということが断続的に起こる。
『カオティクス』の仕組みは、リスクを回避しながら用心深く戦略に取り組みことではなく、乱気流時代に企業に影響を及ぼす破壊的な力から身を守りながらも、同時にその利益を積極的かつ意図的に促進する抜け目のない慎重な予防的アプローチと説いています。
企業には不確実性に対処するなんらかの『カオティクス』の仕組みが必要とし、『カオティクス』の仕組みについて例を挙げて解説している本を紹介します。
<<ポイント>>
フィリップ・コトラーとジョン・A・キャスリオーネによる「カオティクス」のフレームワークを解説する本。
本書では、
ノーマルからニューノーマルの乱気流の時代へ突入したとの時代認識にはじまり、
乱気流の時代の対応にノーマル時代の不況対応策で対処するというのは、間違いで命取りになるとし、
カオティックスの仕組みとなる「カオティクス・マネジメント」の全体像を概観し、
カオティクス・マーケティング戦略は、如何にあるべきかを提示し、
「波乱の時代」を逆手にとる「カオティクス」戦略を考察しています。
本書:「カオティクス」です。
「波乱の時代のマーケティングと経営」との副題が付いています。
本書は、フィリップ・コトラーとジョン・A・キャスリオーネの原著:「CHAOTICS:The Business of Managing and Marketing in the Age of Turbulence」を齋藤慎子氏の翻訳にて、2009年9月に東洋経済新報社より発行されています。
<<本書のエッセンスの一部>>
本書の帯ならびに表紙カバーの裏面には、以下のように書かれています。
不況・乱高下を逆手にとるマーケティング
好況と不況をゆるやかに繰り返す経済は終わり、
景気が乱高下する経済に変わった。
「波乱の時代」を生き抜くための
「不確実性」への対応=カオティックス
の全貌が明らかになる。
トム・ピーターズ推薦!(「エクセレント・カンパニー」の共著者)
いま、経済や金融のシステムのみならず、
マネジメントの実践においても
革新が求められている、
というのは単純でありながら、すごく重大な真実だ。
本書は、とびきりの革新プロセスを始める第一歩になる。
特に、組織に回復力・弾性力を埋め込むことを
強調しているのは素晴らしい。
われわれがもっとも困っているときに、
コトラーは上昇パワーを与えてくれる!!
どんな企業であろうとも、リスク(予測可能)と不確実(予測不能)から逃れられない。リスクと不確実性への備えはあらゆる企業に必要だ。ところが調べてみると、ほとんどの企業でその備えはなされていない。
加えて、9・11のようなテロ、サブプライムショックから始まった世界金融危機、巨大台風や地震などの天変地異…、昨今は波乱が多い。突然、状況が変わってしまうのだ。「乱気流の時代」とも呼べるほどで、リスクと不確実性にさらに備える必要性がさらに増している。
こうした時代に必要なものはなんだろうか?カオティックスである。カオティックスとは、リスクから身を守り、不確実性に対処するしくみのことだ。カオティックスのフレームワークを示すこと、これが本書のねらいである。
本書は、「乱気流とカオスに対応する」と題して、本書の執筆に至った時代の分析と背景を明確にし、そして、本書の全体像を概観している序章にはじまり、第1章から第6章までの6章から構成されています。
各章のはじめには、「幸運から人は多くを学べるが、不運からはもっと多くのことが学べる」(William Hazlitt)といった箴言等を引用しています。
各章の終わりにその章について要約すると共に本書の他の章との関わりや本書のフレームワークの考え方を繰り返し説いています。
以下、章を追って概要を紹介します。
第1章では、「ノーマルからニューノーマルへ」
と題して、世界は既にニューノーマルの新しい経済ステージに入ったとし、グローバル化した世界は絡み合った脆さを備えているとして、乱気流を引き起こしている要因を取り上げ分析しています。
通常の経済と(上昇と下降という景気循環の通常期を越えた)ニューノーマルとを比較分析しています。
カオスを引き起こす可能性のあるものとして以下の要因を挙げて順次、考察しています。
- 技術の進歩と情報革命
- 破壊的テクノロジーと破壊的イノベーション
- 非欧米諸国の台頭
- 超過当競争
- 政府系ファンド
- 環境問題
- 顧客とステークホルダーの発言力の高まり
現在必要なことは断続的に意表をついて発生する乱気流に直面しても機能する、新しい戦略のフレームワークとしてカオティックス・マネジメント・システムの重要性を強調しています。
第2章では、「乱気流への対応を間違うと命取り」
と題して、乱気流に見舞われた際に企業が起こしがちな以下のような過ちを取り上げ、それぞれについて事例をあげて解説しています。
- コア戦略と企業文化を損なうような資産配分を行う過ち
- 計画的行動ではなく、全社一律の経費削減をする過ち
- 目先のキャッシュのために人材を使い捨てにする過ち
- マーケティング、ブランド、新製品開発の各経費を削減する過ち
- 売上減少を挽回するために値下げする過ち
- 販売関連費を削減することで自ら顧客から離れていく過ち
- 社員研修や能力開発費を削減する過ち
- 仕入れ先や販売業者を軽視する過ち
このような過去の景気下降期に犯した過ちが、かっては必ずしも有益でなかったという程度で済んだものが、ニューノーマルの時代には、有害であるばかりか命取りになる理由について事例を挙げて解説しています。
第3章では、「カオティクス・マネジメントの全体像」
と題して、以下の3要素からなり、乱気流とそれによるカオスを検知・分析してそれに対応する体系的手法である『カオティクス・マネジメント・システム』について詳解しています。
- 「早期警報システム」を開発して乱気流源を検知する。
- 「キーシナリオの構築」でカオスに対応する。
- 優先順位の高いシナリオをリスクに対する態度に基づいた「戦略を選択する」。
現在、さらにこれからは、企業がなにを所有しなにを生産しているかということよりも、乱気流を検知し、カオスを予想して、リスクを管理する能力の方が問われるかも知れないとしています。
第4章では、「カオティクスによる戦略的対応」
と題して、中長期の業績を危うくすることなく、短期の業績向上を目指す『カオティクス・マネジメント・システム』に基づく反応性・強靱性・弾力性の高い経営のフレームワークのなかで乱気流とカオスが新たに発生した時に組織の主要部門別(財務部門、IT部門、製造・オペレーション部門、購買・調達部門、人事部門)に、どのような新たな戦略的対応が必要かを「カオティクス戦略的対応チェックリスト」など交えて提示しています。
この『カオティクス・マネジメント・システム』を実施する明確なロードマップについてとして、8段階の手順(「1.乱気流とカオスの発生源の特定」から「8.企業の持続可能性(BES:Business Enterprise Sustainability)の達成」に至る実施サイクル)をまとめています。
また『カオティクスによる戦略的対応』を実行するための5つのステップ(「ステップ1:現在のビジネスモデルと戦略の再確認」から「ステップ5:見直しと修正」に至るサイクル)をまとめ提示しています。
第5章では、「カオティクス・マーケティング戦略」
と題して、乱気流期にマーケティングと販売部門の予算が削減されるような厳しい時にも両戦略を強化でき、より忠実な顧客をもっと増やして、さらに長期的な将来の土台固めとなるマーケティング戦略への総合的なロードマップを「販売部門用の戦略的対応チェックリスト」など交えて提示しています。
現状の方針や計画を疑うことから始めて、危機に対して戦略的に対処するマーケティングを説き、市場調査/商品/新製品導入/サービス/広告/価格設定/マージン/流通といったマーケティング部門が直面する実務的な問題や、販売部門が直面する実務上の問題を考察しています。
第6章では、「「波乱の時代」を逆手にとる」
と題して、冒頭に「防御側は常に、防御の優勢を得たらただちに攻撃側に転ずるべきである」とのクラウゼヴィッツの「戦争論」の言葉を引いて、戦略実行の3原則(「1.見当がつかなくなってどこもかしこも混乱している」、「2.コミュニケーションが絶対不可欠である」、「3.一切の行動は、究極の目標達成につながるものであること」)に沿って、企業が未来に向けて長く生き残り、繁栄できるために短期的、中期的、及び長期的のバランスのもとなにが必要かを考察しています。
持続可能性ある企業に学ぶとして、2元ビジョン/三本立て計画/企業の評判/顧客の強い関心と支持/長寿企業の特徴/企業の社会的責任(CSR)と生態学的持続可能性(ES)/倫理的かつ信頼性ある行動といった側面に焦点を当てて分析しています。
<<本書で何が学べるか?>>
層流であれば、流れは予測できるが、乱流となると予測不能。
乱流は、大小さまざまな渦が発生するような激しい流れであるためそこでは、エネルギーの損失も生じる。
流体についての層流/乱流の挙動はレイノルズ数で遷移が評価できる世界になる。
しかし経営環境を取り巻く状況は、リスクと不確実の不況・乱高下のカオスの時代に入ったと筆者らは言う。
本書によれば、時代は、好景気→不況→好景気……を繰り返すノーマル経済から、景気が乱高下するニューノーマル経済に変わった。
この波乱(リスクと不確実性)の時代を乗り切るには、カオティクス(リスクと不確実性を察知するための早期警報のしくみ、それらに対応するためのシナリオプランニングのしくみを企業の中に戦略として埋め込み、反応力が高く、強靱で、弾力性(回復力)のある組織をつくること)の仕組みが必要と体系的にカオティクスの経営とマーケティングのクレームワークを説いています。
<<まとめ>>
本書は、経営者から管理者の立場、また企画部門、マーケティング部門といった部門等のビジネスパースンの方には、読んで頂きたい一冊です。
なお本書の目次は、以下の内容です。
序章 乱気流とカオスに対応する
第1章 ノーマルからニューノーマルへ
第2章 乱気流への対応を間違うと命取り
第3章 カオティクス・マネジメントの全体像
第4章 カオティクスによる戦略的対応
第5章 カオティクス・マーケティング戦略
第6章「波乱の時代」を逆手にとる
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