筆者のヤンミ・ムン(Youngme Moon)氏は、主にMBA課程、およびエグゼクティブプログラムで『マーケティング』についての教鞭を取っているハーバード・ビジネススクールの女性人気教授。
優れた指導でこれまでにも多くの賞を受賞し、またマイクロソフト、インテル、ソニー、スターバックス等についてのケーススタディにも定評があるとされる。
本書が筆者の初の著作になるとのことだが、その執筆スタイルは、あのノーベル賞受賞の物理学者のリチャード・P・ファインマン(Richard Phillips Feynman:経路積分や、素粒子の反応を図示化したファインマン・ダイアグラムで知られ、『ファインマン物理学』は、優れた物理学の教科書として評判が高かった。)の『ご冗談でしょう、ファインマンさん』をお手本として意識しているとのことで、『日常の生活や教師としての経験、研究をめぐるとりとめのないエピソードの集まりが、読み進めるにつれて心に入り込み、本を閉じる頃には科学の神髄を巧みに語った物語だと確信するようになった』と述べています。
本書では、まさにファインマンのように好奇心とアイデアに溢れたスタイルでビジネスで最も重要なマーケティングの本質について3部構成で論じています。
ムン先生の授業スタイルもファインマン教授と同様に驚きや笑いに満ちたものとのことです。
本書は、マーケティングについて演繹的な展開としてではなく、有機的、無秩序のようで巧みにこれからの時代のマーケッティングの本質論に迫っていく内容となっています。
<<ポイント>>
ヤンミ・ムン(Youngme Moon)氏が、これからの時代のマーケティングを考察している本。
第1部では、マーケティングの現状についての問題提起として、私たちが「競争」の群れに中に入って、プロフェッショナルとして知恵を絞れば絞るほど、ある段階から消費者のこころを見失ってしまう「差別化の罠」に陥りがちであると考察しています。
第2部では、上記の「例外」としての異端児とその手法の事例についてその業績を分析し、学ぶべきヒントについて考察しています。
第3部では、これからの時代のマーケティングについて「プロセスが結果を左右する」とし、競争を行っていく上での新しいアイデア、原則、智恵、文化等について考察しています。
これからの時代の消費をめぐり、ビジネスマンの誰もが抱えるジレンマについて考察し解決の方向を説いています。
本書:「ビジネスで一番、大切なこと」です。
「消費者のこころを学ぶ授業」との副題が付いています。
本書は、著者:ヤンミ・ムン(Youngme Moon)氏の原著:「Different: Escaping the Competitive Herd 」についての北川 知子 氏 翻訳にて2010年8月にダイヤモンド社 より発行されています。
<<本書のエッセンスの一部>>
本書の帯ならびに表紙カバーの折り返し部には、以下のように書かれています。
「競争戦略論」マイケル・ポーター
「イノベーションのジレンマ」クリステンセンと並び、
ハーバード・ビジネススクールで絶大な人気を誇る、
いま、最も注目される女性経営学者
彼女の授業は なぜ、
それほど熱く支持されるのか?
プロフェッショナルとして知恵を絞れば絞るほど
、消費者のこころを見失ってしまう「差別化の罠」「マーケティング言語を流暢に操ることは、明らかに誇張力を磨くことだ」
「あくなき改善と進歩が感覚を麻痺させてしまう」
「細かな違いを見分けられるのは、プロだけ」
「いつのまにかどの会社も、同じ方角を向いて走る群れになっている」
「注目すべきは、グーグルがやったことではなく、やらなかったことだ」ビジネスマンの誰もが抱えるジレンマを共に考え、共に解決の方向を探る
本書は、3部(3パート)から構成されています。
最初の「棚に並ぶシリアルは、どれも同じに見える」と題した序で、本書の意図した全体像を概観しています。
『ビジネスの成功の要は、競争力だが、その差が細かくなりすぎて、多くの消費者がいぶかしく思う段階になるとある日、突然にその差別化が無意味なものとなってしまう。』という現代のマーケッティングにおいて陥りがちな「競争」観の問題提起から始まります。
「異質的同質性」に陥ってしまう点について、以下のような論旨で説いています。
お店の陳列棚に並んでいる各社の商品が消費者から見たときに、どれも違いが無いように見えてしまっているのは、自覚はなくても本当の競争ではない『競争』の世界に入り込み、企業は特殊な模倣の達人になり、「異質的同質性」の異質のクローンで溢れる製品カテゴリーを創り出してしまっているためではないか。
マーケティング指標、ポジショニングマップや市場調査など自社の競争力を図るといったことを通してそれぞれの自社の弱点をカバーするといった方向に動き、このような繰り返しの過程を通じて進化していくことで個性の強化というよりは結果的に脱個性化・均質化に繋がってしまっている。
商品のカテゴリーが成熟するにつれ、中にいる企業は一群となって競い合い、予測可能な一定の方向に向かい、「異質的同質性}を帯びる。消費者の選択性は急増するが、それぞれの違いはほとんどの消費者にとって無意味なものとなる。
…全く共感するところです。
しかし、ほとんどのカテゴリーが予測可能な状態で進化するのに対して、ある企業は奇抜な行動によって、競争相手や消費者、そしてカテゴリーの軌道までが思いもよらない方向に進むことがあるとし、差別化を実現するためには、競争ではなく、競争からの脱却が必要とし、第2部では、そのようなブランド(アイデア・ブランド)についての事例研究を取り上げています。
アイデア・ブランドの場合には、市場調査ではなく、もっと不確かな、物事を極端に異なる方法でやれるという考え方から生まれるとしています。
- 世の流れの逆を行く「リバース・ブランド」について、グーグル、ジェットブルー、IKEA、In・N・Out(インアンドアウト)など。
- 既存の分類を書き換える「ブレークアウェー・ブランド」について、AIBO(アイボ)、スウォッチなど。
- 好感度に背を向ける「ホスタイル・ブランド」について、ミニクーパー、レッドブル、BAPE、ベネトンなど。
との3つの類型で取り上げ、またこの類型に当てはまらないブランドのハーレイダビッドソン、ダヴ、アップルの方法を分析しています。
「私たちは、人間らしさに立ち返る」と題した第3部では、差別化のためのイノベーションが必要で、優れた、斬新な、独創的なアイデアは、生まれたての段階は極端に脆いので、少し呼吸する時間が必要と説いています。
特にアイデア・ブランドの差別化戦略は、市場調査に基づいていないという共通点があり、市場調査は不完全なものなので、市場調査から得られるデータの先にあるものを見ることが大切と説いています。
アイデア・ブランドの特徴について以下の3つを考察しています。
- 簡単には手に入らない(希少性の)ものを提供してくれる
- 大きな理想を掲げ取り組むので、少しでなく大きく違った存在
- 非常に人間的で人の内面の複雑さにとても敏感な人々に理解される
<<本書で何が学べるか>>
本書は、興味深く読み進めることができますが、多彩な話題の中で、『もっと人のことをよく知りなさい』という声が聞こえてくるように、マーケッティングの本質を巧みに説いている本との印象が強く残ります。
<<まとめ>>
本書は、マーケティングに関心があるビジネスパースンには、是非、読んで頂きたい一冊です。
なお本書の目次は、以下の内容です。
はじめに
序 棚に並ぶシリアルは、どれも同じに見える
Part1
第1部 私たちが陥っている「競争」の正体
自覚はなくても、同じ方向を目指している
よくしようという努力が、感覚を麻痺させる
選ぶだけで大変すぎて、愛着どころではない
競争の群れから脱け出すには
Part2
第2部 私たちの目を奪うアイデア・ブランド
世の流れの逆を行く「リバース・ブランド」
既存の分類を書き換える「ブレークアウェー・ブランド」
好感度に背を向ける「ホスタイル・ブランド」
ひと目でわかる違いを出せるか
Part3
第3部 私たちは、人間らしさに立ち返る
生まれたてのアイデアには、呼吸する時間が必要
私たちは、もっとうまくやれる
ブランド図鑑
感謝をこめて